マイヒストリーの会 ~自分の半生を90分語り合い、聴き合う会~

「マイヒストリーの会」という普通の人々の半生を90分間聴くという活動で得た、生きるヒントをお伝えしています

待てるチカラ

マイヒストリーの会は、

話し方、話す内容ほぼ全てを語り部にお任せしています。

 

ですので、話す内容をきっちり準備してくる人もいれば

何も準備しないで話す人もいます。

 

準備していてもしていなくても

話が自分が想定していた方向から逸れることはよくあります。

 

なぜなら、マイヒストリーの会は

聴き手がとても熱心に聴いてくれるので、

語り手が興奮してしまうからです。

 

そこで、ふっと糸が切れたように

語り部が黙ってしまうときがあります

 

それは記憶が思い出せなかったり、

口に出してしまったことで感情が溢れ出してしまったりと

理由は様々です。

 

その間、だれも続きを催促したりはしません。

みんな語り部が思い出したり落ち着くのをじっと待ってます。

ただひたすら待ちます

(基本的に語り部の話を邪魔しないのが、マイヒストリーの会の根幹なので)

 

そうすると、しばらくしてまた語り部が語り始めます。

 

私たちは何もなかったかのように、

またじっくりと耳を傾けます。

 

現代は何でも早さが求められ、

すぐに結果や効果を求める風潮です。

 

でも、そうそう自分の思い通りにはいきません。

マイヒストリーの会はそういった、

自分にはどうにもならないものを「待つ」訓練にもなります。

 

「待てるチカラ」

 

意外とこれから必要な能力のような気がします。

 

意見と否定は紙一重

マイヒストリーの会では

語り部がマイヒストリーを語っている間も

その後も「意見」を言うのを控えて頂いています。

 

「意見」というと聞こえはいいですが、

語り部とは違った「意見」なので、

ありていに言えば語り部を半ば「否定」していると言っても

過言ではありません。

 

マイヒストリーはその名の通り 自分の「歴史」なので、

もう過ぎてしまったことなんです。

「それをああしておけば良かったのに」、

「こうしておけば良かったのに」というのは

これまで本人が一番考えてます!

 

「そんなん言われんかっても、分かってるわ!  

でも、そのときはしゃーなかったんじゃ!」

と僕なら思うでしょう。

 

詳しい背景も知らない、

たった一回聴いた聴き手が

さも分かった風な感じで意見するのは どうなのか?と思い、

「意見」は極力控えてもらっています。

 

あなたももし「相談」などではなければ

「意見」を言うのを少し我慢してみては いかがでしょうか? (特に男性)

案外と「意見」を求められているケースは実は少ないもんです。

特に男女関係においては・・・。

 

ではでは。

待てる力

マイヒストリーの会は、話し方、話す内容全てを語り部にお任せしています。

ですので、話す内容をきっちり準備してくる人もいれば

何も準備しないで話す人もいます。

 

ですが、準備していてもしていなくても

話が自分が想定していた方向から逸れることはよくあります。

なぜなら、マイヒストリーの会は

聴き手がとても熱心に聴いてくれるので、

語り手が興奮してしまうからです。

 

また、ふっと糸が切れたように

語り部が黙ってしまうときがあります

それは記憶が思い出せなかったり、

口に出してしまったことで感情が溢れ出してしまったりと

理由は様々です。

 

その間、だれも続きを催促したりはしません。

みんな語り部が思い出したり落ち着くのをじっと待ってます。

ひたすら待ちます

(基本的に語り部の話を邪魔しないのが、マイヒストリーの会の根幹なので)

そうすると、また語り部が語り始めます。

私たちは何もなかったかのように、

またじっくりと耳を傾けます。

現代はなんでも早さが求められ、

すぐに結果や効果を求める風潮です。

でも、そうそう自分の思い通りにはいきません。

マイヒストリーの会はそういった、

自分にはどうにもならないものを「待つ」訓練にもなります。

「待てる力」 意外とこれから必要な能力のような気がします。

ではでは。

easy come,easy go(簡単に手に入れたものは簡単に出ていく)

B’zの曲名にも同じものがありますが、

意味はこのような意味らしいです。

 

マイヒストリーの会で、色んな方の人生を聴いていても

簡単に手に入れたものは、結構簡単に出て行ってしまっているなぁと

常々感じます。

 

じゃあ、どうしたらいいのか?

自分としても簡単に手に入れようとして

手に入れたわけではない。

たまたま何か上手くいって、手に入ってしまった・・・。

 

そういう場合は、自分からさっと手放した方が

あとあと自分にとって良い方面に転がるような気がします。

 

例えば宝くじに当たったとしたら、

あまりに高額だとちょっと色々しがらみがありそうですが、

100万円単位とかだと、

誰か親でも兄弟でも友だちいいので、パーッと何かプレゼント
(出来ればモノじゃなくコト)でもしてあげた方が

後々いいんじゃないかぁと思います。

 

ではでは。

目的地へは2段階・3段階右折で辿り着く

マイヒストリーの会でよく思うのが、

語り部が若い頃などに夢見ていたことが

別の形になって叶っているということです。

 

例えば

学校の先生になりたかったけど、

会社で新人研修を担当していたり。

 

別の人は

小説家になりたかったけど、

今はプライベートであまりお金にはならないけど、

脚本などを頼まれたりなど。

 

多くの人が

先生になりたいと思って、

大学の教育学部に入って先生を目指そうとしたり、

医者なんかは顕著で

医学部に入って医者になろうとする。

 

でも、多くの人のマイヒストリーを聴いてきて

そうやって直線的になりたいものを目指すことって

どうなのかな?と今は思います。

 

人間、アッチ行ってコッチ行って

ようやくたどり着く・・・。この方が深みが増すんじゃないかと。

 

実際、先生にしても医者にしても

ちょっと違う道を歩いて、途中から入ってきた方の方が

深みがあるんじゃないかと個人的には思います。

 

そういう意味では

あなたが今、夢に向かって直進していないかもしれないけど、

目的地までは「2段階・3段階右折」だと思いましょう!

そっちの方が、目的地に着いた後も人生続くわけだから

深みが違いますよ!

 

ではでは。

今まで大切にしてきたものを手放す

今はあまり言われなくなったのかもしれないですが、

「断捨離」で不要なものを捨てることで

スリムな生活空間や生活スタイルが手に入れられると

話題になりました。

 

それはそれで大切だと思います。

不要なものは確かに場所を取るだけですし、

不要な考え方というのもあるでしょう。

 

でも、今回おすすめしたいのが、

あえて

「今まで大切にしてきたものを手放す」

ことです。

 

不要なものを捨てても、人はあまり変わりません。

でも、これまで大切にしてきたものを手放すと

人は大きく変わります。

モノであれ、

考え方であれ、

ひいては人であれ。

 

正直、自分では決断できないかもしれません。

そういうときは、信頼できる人に聴いてみましょう。

自分はこれまで大事にしていたけど、

他人から見たら

「それは手放した方がいいんじゃないか?」と思うような
モノ・コト・考え方などがないか?


その方から言われたそれを手放すと

きっと、あなたは大きく変わるはずです!

 

ではでは。

「あきらめた」上で動く

マイヒストリーを聴いていると

「別にこれは損してもいいや」

「失敗してもいいや」

「笑われてもいいや」

 

などと、ある種「あきらめて」行動したところに

その人にとって嬉しい結果が生まれていることがままあります。

 

「あきらめる」というと僕たちのこれまでの

教育では「悪いこと」とされてきましたが、

僕は全然悪いこととは思いません。

 

批判を恐れずに言えば、

僕はものごとには基本的に「良い」「悪い」はないと思っています。
(話が長くなるのでここまでにしますが)

 

話を戻すと、

「あきらめた」からこそ、動ける。しかも肩のチカラも抜けて。

「あきらめた」からこそ、その結果にあまり期待していない。

「あきらめた」からこそ、無心。

 

ただ単に「あきらめる」だけだと、何も生まれないかもしれませんが、

「あきらめた」上で「行動」すると、

何か嬉しいことが起こったりすることが多いですよ!

 

ではでは。